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2008年11月に作成された記事

今朝の日の出。

200811211 朝、カーテンを開けたら夜明け前でした。空気が澄み切っているため雲ひとつない夜空の青と、オレンジ色の陽の光のグラデーションが、息を飲むほどの素晴らしさ。今日は朝からラッキー♪と、家事をしながら窓を気にしてその時を待ちました。

我が家では毎年のように、自宅ベランダから新年の初日の出を拝んでいますが、たいてい雲が厚く、日の出の時間はとうに過ぎていても、なかなか御来光を見ることが出来ないことが多いのですが、今年の元旦は例年になく、最高の初日の出を見ることができました。正にそれクラスの期待感!

今か今かと気をもみながら待つこと20分、ようやく素晴らしい日の出を撮ることが出来ました。
今日はなんか良いことがおこりそう♪
そんな予感さえする美しい夜明けでした。

200811212

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にんげんドッグ、行ってきました。

去年に続き、2回目のドッグ入りしてきました。今回もバリウムを飲んだのですが、もう最悪でした。

まずお猪口位の紙コップに入ったバリウムと一緒に発泡剤をゴクリ。途端にゲップが出そうになるのですが、検査の先生に「ハイ、ゲップは我慢してね〜」といわれてグッと堪える。その後すぐに『冷えてない』マックシェークかロッテシェーキのバニラ『もどき』味Lサイズを一気飲みですよ。まぁ〜その死にそうなこと!前夜9時から何も口にせず14時間。いい加減腹ペコになっているのに、発泡剤で無理矢理広げられ、一気に流し込まれたバリウムのせいで、すぐに痛いような苦しいような不快感が襲って来ました。

その後は上下左右縦横無尽に動くベッドにつかまりながら、検査員のマイク指示に従ってあっち向いたりこっち向いたり。笑いたくなるのと胃の苦しさを堪えながら、ようやく検査が終わりました。うがいをしても、しばらくは逆流してきそうなバリウムに脂汗が出そうでした。

検査後20分位で昼食になったのですが、明らかにバリウムがまだ胃に残留しているのに食事するなんて考えただけで食欲が落ちたのですが、いざ食堂でお弁当箱の蓋を開けると、バリウムのことはすっかり忘れ、舌鼓を打ちながら残さずペロリと平らげてしまいました。

うちの会社の人間ドックの場合、バリウムはデフォルトです。胃カメラかバリウムかの選択なら、別料金だとしても私は迷わす胃カメラを選ぶのですが、残念ながら選択の余地がありません。もう勘弁してほしいです。

一通り検査が終了してからドクターと検査結果について面談がありましたが、どこも全く問題なく『健康そのものです』とお墨付きを戴きました。
実は昨年のドッグで左腎臓に5㎜程の結石が見つかっていたので、それがどうなったかドキドキでしたが、今回その所見は見受けられないとのことでした。小さいので特に薬は飲まずに放置で様子をみていいでしょうと言われていたので、大事にならずヨカッタヨカッタ。

とむが生まれてからは仕事量を制限させていただいていますが、それまではなぜか必ず、数年に一度はトラブルプロジェクトに見舞われ、平日は夜中迄仕事をして終電で帰り翌朝は9時出勤、土日は両方とも休出…という超過酷スケジュールが1ヶ月以上続くことがあります。そんな時辛くて、倒れてしまいたい!と思ってしまうのですが、私の身体はそんなヤワじゃないんですね〜全然頑張れます。むしろそのプロジェクトが終わった途端、緊張の糸が切れて、酷い風邪をひいてしまうタイプ。なんだかんだ言って、私は仕事人間なので、これからも元気でイキイキ仕事出来るよう健康に気を付けていきたいと思います。

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小原流生け花研究会(H20/11月)

20081117 5月から仕事が忙しくてずーっとお休みしていたお稽古ですが、10月から再開しました。10月はリハビリ?のお稽古だけでで研究会には出席しなかったので、昨日は7ヶ月ぶりの研究会に出席してきました。

家元三級の今月の課題は、石化柳5本と菊3本で、形指定はナシ。
先月からお稽古を再開したばかりで、忘れていることもでもあるので、研究会直前のお稽古では直立形を生けてみました。
今までは基本に忠実に枝5本/花3本で生けていたのですが、家元三級位になると基本通りではなく、枝も3本に減らして「引き算」の美が求められるようになっていくと先生のご指導で、枝3本とお花は客枝と高い中間枝の2本で生けてみました。
確かに研究会で上のクラスの方々の作品を見ると、枝3本にお花一輪の直立形は本当に素晴らしい。よけいな贅肉?を削ぎ落として、スッキリ凛々しく生けられたお花は、鳥肌が立ちます。
それでも元々直立形は苦手な私は傾斜系のほうが生け易いのですが、先生から「傾斜形は出来ているので、点数は気にせず、直立形で挑戦してごらんなさい」と励ましをいただき、ヨシ!と意気込みました。

そして研究会当日。私の前に置かれた石化柳は今まで見たことがないほど、太くて途中から2本に分かれて枝先が暴れたのや、「山菜か!?」と突っ込みたくなる程ゼンマイによく似たのや、石化した枝の先端から突然細く1本ニョキっと伸びたのなど、ビックリするような枝ばかりでした。
どの枝を何処に配置したらいいのか、開始から10分程、枝をとっかえひっかえしながら、ああでもないこうでもないと悩み抜いた結果、これはもう直立形の枝ではない!と決断し、傾斜系に生けることに決めました。

主枝は、途中から2本に分かれてそのうち1本はクルリと1回転して後ろを向いてしまっている暴れた枝、これ以外には考えられません。後ろ向きの副枝はゼンマイ。中間枝は、細い枝の向きを上向きになるようタメた枝。主枝の補いに差す手前の枝はループしたもの。
通常枝4本というのは「無し」なのですが、最後の5本目を生けるには、もう充分なバランスになっているような気がしてならず、枝4本のままでお花を3本生け、50分の制限時間をフルに使って退室しました。

そして講師先生の審査の結果、なんと私のお花には100点のカードが!も~、ビックリしました。手前ミソで申し訳ありませんが、100点なんて滅多にお目にかかれるものではありません。研究会に参加し出して6年程になりますが、100点のお花、私は今までに1度しか見たことがありません。そんな100点をこの私が???私は足が震えました。参加者お皆さんがお花を見に集まって来られて、お祝いの言葉いただき、私はお礼を言うので精一杯、めまいがしそうになりました。
講師の先生からは、「枝の配置が良く、お花も全て良い位置に生けられ、根締りもよく、とても良かった」と講評をいただきました。自分の選択は間違いではなかったのねと、じわじわ喜びが溢れてきました。

今日の研究会、私の先生はご都合で欠席されていたので、早速メールで報告しました。先生のところには、他の先生方からも報告メールが届いていたそうで「自分のことのように嬉しい」とお返事をいただきました。今日の100点を励みに、これからもお稽古頑張っていこうと気持ちも新たになった研究会でした。

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ポルトフィーノの心は?

日曜日、たまたまTVを点けたら競馬のGⅠレース、エリザベス女王杯の出走中でした。
ところが先頭を走っている馬の鞍には誰も乗っていない。さては落馬か?と思いきや、アナウンサーが、4番人気の武豊騎手のポルトフィーノが、出走直後落馬したことを告げていました。
天才騎手と謳われる武豊騎手も落馬するんだ・・・とビックリしながら、ついそのまま中継を見入ってしまいました。

ポルトフィーノは、騎手が居なくなって軽くなったせいか、快調な走りで終始集団の先頭を走り、最後は1着でゴールイン。その後、誰の制止を受けることもなくどこぞへ走り去ってしまいました。
中継は、資格を失ったポルトフィーノに追随していたリトルアマポーラのゴールと、それ以降次々ゴールする馬達を捕らえていたので、ポルトフィーノがどうやって落ち着きを取り戻して係員に捕まったのかわかりませんが、係員が数名でポルトフィーノの鞍を外しているシーンが映されたのが最後でした。

競馬場にいたら、私は自分が馬券を買った馬よりも、ポルトフィーノのほうが気になってしょうがなかったと思います。
前に他の馬がいようといまいと、サラブレットってスタートしたら最後、まっしぐらにとことん走りに抜けるものなんですね。ポルトフィーノはどんな気持ちで走っていたのでしょう?なんだか彼女がとても不憫に思えました。

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小田急線、喜多見車両基地見学、

20081116 とむの通っている保育園の関連3園合同で、小田急線の喜多見車両基地見学に行ってきました。
本当は参加資格3才以上なのですが、とむの園で欠員が出て、月齢の高い子からお声がかかり、ラッキーにもとむにおはちが回ってきたというわけです。今回は父兄1名のみ同伴ということなので、とりあえず私が行くことに。

車両基地の建物入り口には、車掌さんと思われる方々数名が「こんにちは!」と待ち構えていて、気分も盛り上がるのですが、恥ずかしがり屋のとむは私の影にかくれてしまって・・・なかなかご挨拶できませんでした。

参加の園児は20名位。大きい会議室に集まったのですが、10人以上、小田急の制服を着た方たちが同室していました。小田急側でも、保育園児を迎えての車両基地見学は昨年に続いて2年目ということで、皆さんなんだか嬉しそうな表情をしていらしたように思います。

小田急電鉄の概要説明を受けた後、基地内着用の黄色い帽子を被って、イザロマンスカー車庫へ!
とむたちは、先頭車両/最後尾車両の二手に分かれて、ロマンスカーに乗り込みましたが、以前ロマンスカー貸切で遠足に行ったときと同じタイプ(LSE)だったので、とむはとても喜んでいました。
ロマンスカーの中では、運転席見学や車内放送体験、ロマンスカーの洗車などを体験したあと再び会議室に戻り、小田急の社員の方たちが色んなタイプのロマンスカーを何と愛称で呼んでいるかの説明や、質疑応答など、タップリ2時間半、楽しませていただきました。

来年、第3回が開催されたら、今度はぜひ夫に参加させてあげたいと思います。

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とむ、スイミングスクールに通いだす。

我が家では週末よく近くにある温泉施設に行くのですが、とむが「おおきいおふろ、いきたい」と気に入っているようなのと、風邪をひくと気管支炎になりやすいので、身体を鍛えるためにも良さそうだと、近所のスポーツクラブの幼児スイミングクラスの体験コースに参加してきました。

前日、夫と一緒に下見に行ってきたとむに「プールに行ってきたの?」と尋ねると、「ぷーるではあかいの(浮き輪)をつけるんだよ」とか「せんせいはめがねをしてたよ」なんて興味津々で、自分もプールに入る気満々の様子。元来薄毛クンのとむは、お風呂では頭からざざーっとお湯をかけているので、水への不安はないはず。しかしとむは超恥ずかしがり屋なので、知らない先生やお友達とやっていけるか、そちらの方が心配でした。

体験当日、お昼を食べてからスポーツクラブに向かい、レンタルしたスイムパンツをはいてスタンバっていると、先月からスイミングに通い始めたという同じ保育園のお友達Tちゃんとバッタリ!
とむは心強くなったのか、時間になると私や夫の背に隠れることなく、元気よくバイバイしながらインスタラクターの先生に連れられてシャワールームへ消えていきました。

プールサイドにはガラス張りの観覧席があって、父兄はそこでプールの様子を見ることができます。私達は、Tちゃんのお母さんと一緒に、ワクワクしながら様子を見守りました。
しばらくしてプールサイドに現れたとむは、本人が言っていたように両腕に赤い浮き輪をはめて、競泳用のスイムパンツに赤いスイムキャップを被って、いっちょまえな格好。思わず笑ってしまいました。

この時間帯は3~6歳の子の幼児クラスなので、全部で30人くらいの子が全員で準備体操をしたあと、6,7グループに分かれて25mプールにちらばり、それぞれインスタラクターの先生について実力に合った指導を受けていました。
超初心者のとむは、水と慣れ親しむことを目的とした「16級」からスタート。とむやTちゃん達4人は、まずは足が届く高さでプールに慣れてから、皆で手をつないだりプールサイドにつかまったりしながらプール内を移動したり、ビート板を抱えて浮かんでみたり・・・
とむはこちらに気が付いても大して気をとられることなく、先生の言うことをよく聞きながら(時々こちらに向かってこようとして先生に捕まったりしていましたが)、ニコニコしながら時々「キャー!」なんで悲鳴をあげつつ、1時間タップリ初めてのプールを楽しんだようでした。

クラスが終わった後、「またプールに入りたい?」と尋ねると「うん」と即答でしたので、そのまま会員登録。こうしてとむのスイミングスクール通いが始まることになりました♪

初めてのスイミングでヘトヘトになったはずなのに、とむは帰宅してからお昼寝をせず、お風呂に入ってから晩ご飯の最中になってようやくウトウトしだしました。やっと電池がきれたかと、そのままお布団に寝かせてあげました。来週は2回目のスイミングがあります。とむ以上に楽しみな両親なのでした。

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漢字が書けない!

先週末、ある研修会に2日間に参加してきました。講師の先生が話される内容を、学生時代の講義の時のようにノートをとっていたのですが、あまりにも漢字が書けなくなっていることにビックリしました。
なんとなく雰囲気的には分かるものの正確に書くことが出来ません。「あれ?どんな字だったっけ?」なんて思い出そうとしていると、先生の話はどんどん進んでしまい、聞き逃してしまいそうになるうので、すぐに出てこない漢字は全部ひらがなに。

私が社会人になって5年位は、仕事でお客様に納める設計書やドキュメント類はまだ手書きの物でしたが、その後デスクトップPC位の大きさのワープロ専用機が出回るようになり、急速にパソコンが普及し、携帯電話が普及してきてメール機能が搭載されるようになりました。今や職場では(エコでもあるんですが)ドキュメント類は原則的に電子ファイル化されているし、メールも日本語変換機能はとても賢くなっています。そんなIT化社会の中に生きていて、今度のことは少なからず私にはショックでした。

小学5、6年生の時の担任の先生は、国語の時間は、しょっちゅう漢字の書き取りテストをしていました。
明日は漢字のテストだという前日の夜、夕食を終えて自室に籠もり、一通り練習して自信が付くと、私は茶の間に行って「問題出して〜」と言ったものです。するとそこらから恒例の家族全員(両親と祖父母)で漢字の書き取り大会が始まるのでした。
祖母にテスト範囲を伝えて教科書を渡し、問題を出しもらい、他の皆がそれぞれ広告の裏の白い紙方に漢字を書いていく。私はバッチリ練習をして臨むので必ず100点なのですが、父や母は「昔は書けたのに…」と言いながら四苦八苦していたようです。

あの時の両親は今の私より全然若かったよな〜
少しでも老化を防ぐために、何か手立てを講じなければと、ちょっと焦っている今日この頃です。

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